88年に結成し、当初はキーボードの西川隆宏も含めた3人編成だった。

中村は「吉田美和ビジネスに人生をかけた男」
と紹介されてスタジオに登場。バンドの歴史について語った。

デビュー当時の目標はバラバラで、
吉田は「歌って生きていきたい」、
地元北海道で吉田と音楽仲間だった西川は「吉田のためなら何でもやる」、
中村は「売れたい」といびつな関係だったという。

吉田には明るく天真爛漫なイメージを抱くが、
中村は「ポジティブではない。本当の彼女はダーク」と告白、
吉田がドリカムというバンド名について
「私はそういうタイプの人間ではない」とずっと反対していたようです。

圧倒的な歌唱力と、
独創的な作詞と作曲でファンを魅了し続ける吉田との関係について
「吉田美和と僕の歴史は“闘争の歴史”です。
西川がいたときはよかったが、本当に厳しい闘争の歴史」
と独特な表現で語った。

吉田の才能を誰よりも認めるゆえ
「ドリカムは常に解散危機。365日解散危機です。
解散(という言葉)ではなく、僕がクビになる。
吉田一人になってもドリカムなんです」と思いを告白した。